「西班牙犬の家」(佐藤春夫)

夢からさめるように作品を読み終える

「西班牙犬の家」(佐藤春夫)
(「美しき町・西班牙犬の家」)岩波文庫

「美しき町・西班牙犬の家」岩波文庫

「西班牙犬の家」(佐藤春夫)
(「佐藤春夫集 夢を築く人々」)
 ちくま文庫

「佐藤春夫集 夢を築く人々」

愛犬フラテに連れられて
「私」は知らない町へやってくる。
美しい雑木林の中に
ふと現れた西洋風の不思議な家。
「私」はこの家の主人に
会ってみたいという好奇心を
抑えられなくなる。
恐る恐る家の中に入ると
真っ黒な西班牙犬が…。

佐藤春夫は本当に
空想の上手な作家です。
大正15年に出版された童話集
「蝗の大旅行」では、
佐藤の類い希なる想像力が
遺憾なく発揮されています
(近日中に取り上げたいと思います)。
本作品も
佐藤の空想力の産物といえます。

わずか13頁の短編であり、
筋としてはこの上なく単純です。
でも、
最後の「仕掛け」に思わず喝采です。
結末がわかってしまうと
面白みが半減しますので、
ぜひ読んでいただきたいと思います。

さて、佐藤は最後の部分にだけ
「仕掛け」を用意したのではありません。
冒頭から少しずつ
不思議な雰囲気を醸しだし、
最後の場面に向けて
用意周到に「仕掛け」ているのです。

まずは犬との散歩です。
でも、犬を連れて行くのではなく、
犬に連れられて行くのです。
だからこそ二時間も歩いた末に、
見たことのない町、そして
美しい雑木林へと迷い込むのです。

続いて雑木林の中に現れた
西洋屋敷です。
「おれは今、隠者か、
 でなければ 魔法使の家を
 訪問しているのだぞ」

この段階で、読み手の意識は、
作中の「私」とともに
家の中に踏み込んでいくのです。

さらにその西洋屋敷の中の、
少しだけ現実離れした構造です。
主人は留守。
しかし鍵はかかっていない。
いるのは一匹の西班牙犬のみ。
不思議な構造の部屋。
中央にある、水が湧き立っている
石で彫ってできた大きな水盤。

主人不在の見ず知らずの家の中で、
一服吸いつけた「私」は、
それがさも自然であるかのように
空想を始めます。
この水の底から、本当に音楽が
聞こえてきたのかも知れない。
帰ってみると妻は婆になっている。
自分の家のあるK村は
どこにも存在しないかも知れない…。

そして最後の大「仕掛け」に
到達するのです。
読み手はそれが
本当に起きたことなのか、
それとも「私」の空想の延長なのか、
確信がつかめないまま、
次の一文で、夢からさめるように
作品を読み終えることになります。
「ぽかぽかとほんとうに
 温い春の日の午後である。
 ひっそりとした
 山の雑木原のなかである。」

詩情溢れる美しい作品です。
大人にも子どもにも薦めたいのですが、
残念なことに絶版中です。
こんなときはやはり、青空文庫です。

〔青空文庫〕
「西班牙犬の家」(佐藤春夫)

(2019.11.22)

〔「美しき町・西班牙犬の家」
          収録作品一覧〕

西班牙犬の家
美しき町

陳述
李鴻章
月下の再会
F・O・U
山妖海異

〔「佐藤春夫集 夢を築く人々」
          収録作品一覧〕

西班牙犬の家
指紋
月かげ
陳述
オカアサン
アダム・ルックスが遺書
家常茶飯
痛ましい発見
時計のいたずら
黄昏の殺人
奇談
化物屋敷
山妖海異
のんしゃらん記録
小草の夢
マンディ・バナス
女人焚死
或るフェミニストの話
女誡扇綺譚
美しき町
探偵小説小論
探偵小説と芸術味

Dieter Ludwig ScharnaglによるPixabayからの画像

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